<あんぜんな みどりむし>
初めて聴いた時、このワンフレーズにやられた。
頭の中にぐるぐると残り続けたこの歌詞が、どうやらとても衝撃的だったみたい。
安全でないミドリムシってあるのだろうか?
そもそもミドリムシの形容詞として「安全な」って普通じゃないよな?
そもそも曲の歌詞で「ミドリムシ」ってどうなんだ?なんなんだ?
もう、これはセンスとしか言えない。
みどりむしが乗っかるメロディは、まったりとしていて癒される。
でも、この音楽は安全ではないかもしれない。
そんな不穏さを包みながら、じわじわとあたたかい音に呑み込まれて行く。
羊水。
あたたかい水にぷかぷか浮くように、あたたかい水に包まれるように。
鳴りを潜めた楽器たちの見せる、穏やかな一面が心地よい。
子守唄のように、優しいテンポで演奏される音楽はとても素晴らしいのだが、どうしても歌詞が印象に残ってしまう。
子供の言葉、をイメージするような、ほとんどひらがなで書かれた歌詞。
意味も漢字も読み手の自由だから、何度聴いても新鮮なのかもしれない。
<まぶたおろして むをたべてみよう>
―瞼堕ろして 無を食べてみよう
<こころをなくして なくのはしないで>
―心を失くして 泣くのはしないで
<くちのなかを舌がころがる
たくらみをとかすように
蓮のはな ひらいた>
―口の中を舌が転がる
―味わって 味わって
―企みを融かすように
―蓮の花 開いた
(蓮の花は仏像の台座として扱われる。泥の中から真っ直ぐ生え、美しい花を咲かせる事から仏教では重要な植物である。この穏やかなリズムと、淡々と紡がれる歌声から、悟りを想起するのは変じゃない、 と思う。)
"心を失くして 泣くのはしないで"といつも読む。
きっとこの曲の主人公と思われる"物質的胎児"は、もう心や感情は無いのだと思う。
"泣くのはしないで"と、強いられているのか、第三者から見た"物質的胎児"の状況を語っているのか。
<秘密の遺伝子 あんぜんなみどりむし>
ひらがなが多い分、漢字に強く意味を感じてしまう。
遺伝子組み換えで生み出された"安全なミドリムシ"を皮肉るようにも読めるし、単なる言葉遊びとも読める。
"遺伝子"と"みどりむし"で韻が踏めるが、この言葉を選んだのは本当にセンスとしか言えない・・・凄い語彙だ。
"無重力"を"緩慢"と言い切る冷笑的な言葉選びもグッとくる。
<まじわって まじわって
たいくつをしのぐように
いるか すべりこんだ>
―交わって 交わって
―退屈を凌ぐように
―いるか滑り込んだ
『スルツェイ』で、死に際に出る物質"エンドルフィン"について書いた。
エンドルフィンに含まれる"ドルフィン"を思い出して、つまりはそういう事かなと深読みしてみる。
まあそんな事しなくても、いるかがするっと退屈に滑り込んでくるというイメージは、なんだか面白くて癒される。
<冷蔵庫のなかでひかる なにもみてはいない まなざし>
"物質的胎児"が心を失くしていると想像したのは、このフレーズがあるからだ。
無感動で無感情な、機能を停止した瞳。
そこには"何も見ていない目"という物質だけが、存在している。
<いつわって いつわって
のどのおく はびこる根を
なみだがしたたった
うたがって うたがって
あしもとのひえたかわを
なにかがしたたった>
―偽って 偽って
―喉の奥 蔓延る根を
―涙が滴った
―疑って 疑って
―足元の冷えた河を
―何かが滴った
得も言われぬ切なさを毎度想う。
"涙が滴った"と理解していたものは、最後には"何かが滴った"ともう認識できなくなっている。
冷えた河は、涙だと思う。
偽りや疑いは、心を失くさせ、まなざしを物質に変換させ、ついには生き物であった事を忘れさせてしまう。
そんな悲しい話として、いつもこの曲を"読んで"しまう。
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球体に守られていた痣だらけの主人公は、"物質的胎児"としてこのエリアを抜けていく。
つまりは新しい自分に変わるという、観念的な意味での"胎児"と考える。
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Peopleの中でもかなり上位の、好きな曲名だ。
『物質的胎児』
何回も言ってしまうんですが、センスですよね・・・。
理屈じゃなくて、「この言葉と言葉をくっつけたら、なんとなく、いい感じ」に溢れていると思う。
その曖昧さが、その答えの無さが、ふわふわとしたこの曲に惹かれる要因かもしれない。
他人の解釈を聞いた事が無いから、自分は毎回上のストーリーを勝手に思い浮かべては、勝手に悲しくなって、時折泣く。
自分の頭の中の出来事のせいじゃなくて、歌詞の力だけでもなくて、目に見えない音楽の力が作用してるんだろうか。
目を閉じて、心地よい音楽を聴きながら体を揺らせば、あなたもわたしも"物質的胎児"。
なにも心配する必要は無くて、ただ音楽を聴いていればいいだけの、守られた閉じられた時間。空間。
涙が出て来るのは、たいないにとどまりたいと願っているからだろうか。
いつまでもここにはいられないと分かっているからだろうか。
目を開ければそこは偽りと疑いにまみれた世界で、生きていかないといけないと思い出させられるからだろうか。
わからない。
わからない。
涙が出る理由はわからない。
足元に、冷えた河ができあがっていく。