Perfect Disco

ライブ感想CDレビュー 音楽は好きだけど知識はないです Twitter:@tbk_pd

日曜日/浴室

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何かが明けるような、始まるような、だけど期待に満ちたというには少し、荒々しいメロディで始まる。

 

歌詞の書き方も奇妙だ。
この曲の歌詞は、全て「」で括られている。
会話だ。
“ぼく”と“きみ”は、日曜日、初めて対話する。

 

『「水滴のようだよ もういまにも落ちようとしている」』
“きみ“から語りかける。
落ちようとしている水滴は何だ。
涙。
傷口から流れ出した血液。
それとも、”ぼく“のオピウムに呑まれそうな精神状態のことか。

 

『「きみがいる闇へ手を伸ばして かき回したい」』
”僕“は彼女のいる闇を求める。
しかしその闇は、生きて(生きてしまって)いる人間の行ける場所なのか。
印象的なギターフレーズ。
闇をかき回す音がこれだろうか。

 

『「交じりあえたね でもこれ以上は

現れては消える」』
”きみ“は闇(死者の彼女)と生きている”ぼく“が交ざりあい、中間地点に居ることを示唆する。
しかしある程度で交ざりあいは止まり、うつつへ現れては消える、不確かな存在になっている事も伝える。

『「現れては消える」』
幽霊。

それを強調するように、力強い演奏と歌詞が繰り返される。

 

『「ぼくは待ちきれるかな」』
何かを期待する”ぼく“。

 

『「もういいかい?」』
彼を待つ”きみ“。

 

『「まだだよ、まだだよ」』
”ぼく“はまだ準備中。

 

『「ぼくはずるをして
もう一回生きてしまって」』
“ぼく”はもう一回生きてしまった。
自殺未遂、に思う。
元々病気を抱えた彼女は、病気を隠して彼と出会った。
心に病みを抱えた“ぼく”は、かつて彼女と一緒に自殺しようとした。
だけど死ねなかった。
それを“ぼく”はずるだと言う。
バックグラウンドではどこかとぼけたようなメロディが鳴っている。
生き延びてしまった自分を皮肉って笑っているようだ。

 

『「許せないよ 二度とは」』
彼女は許せないと言う。

 

『「またやってしまったんだ」』
“ぼく”は彼女を喪った後でも、自殺を図ろうとしている。

 

『「震えをとめて」』
でもやっぱり、怖がっている。

 

『「サンクトペテルブルクで 浴室で」』
遠い国の都市でも、自宅の浴室であっても、その願望は治まらない。

 

『「この狭いバスタブが世界を蹂躙する」』
バスタブで腕を切った所で、1人の死で、世界が変わるわけないのに。
革命家気取りで気高く“ぼく”は腕を切る。

 

『「もういいかい?」』
再び問いかける。
1度目とは違う曲調。
待ちきれない様子。


『「まだだよ、まだだよ」』


『「きみは嘘をついて もう一回死んでしまって」』
2人の自殺は失敗に終わった。
だから"ぼく"は一緒に生きたのに。
彼女は病気を患っていた。

 

『「わからないよ 二度とは」』
“きみ”が嘘をついていたのか、もう訊くことはできない。

 

『「もう一回触れたかった」』
素直な“ぼく”の叫びが胸に痛い。

 

『「現れては消える」』
"きみ"の囁く声がする。
幽霊として会えるよと。

 

『「もういいかい?」』
“ぼく”が死にたいと彼女の幽霊に訊く。

 

『「まだだよ、まだだよ」』
まだいけないよと“きみ”は首を横に振る。
言葉と音楽がぴったり合って、なめらかに彼女は否定する。
当たり前のように。

 

『「ぼくはずるをして もう一回生きてしまって」』
“ぼく”は再び自殺を図った。
浴室で。
集中治療室から彼女は帰って来なかったから。

 

『「許せないよ だから、

わたしのいのちを、きみにあげる
パンケーキみたいに切り分けて、あげる」』
“彼女”はもう一度生きてしまった彼を、許さないと言う。
許さないから、“生きて”と言う。


また"1週間"が始まる。
彼女の居ない月曜日が始まる。
火曜日も、水曜日も、木曜日も、金曜日も、土曜日も、日曜日も、
これから先の全ての1週間に彼女は居ない。
彼女が居た1週間は、『Ghost Apple』という作品に閉じ込められた。
聴き返せば、いつでも会える。

 

喪失と後悔に塗れた1週間が終わる。
窓を開け放って、部屋に風を呼び込むように。
エネルギーに満ちた後奏は、ひらかれている。


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会話、に見えるが本当に彼女はそこにいるのだろうか。
自分(="ぼく"自身)の頭の中の対話、もしくは彼女の幽霊(という"ぼく"の妄想)との会話に思える。
なぜなら、この会話を、"きみ"と"ぼく"で上から順番に分けていくと、辻褄が合わない部分が出て来てしまうからだ。
だから、これは会話ではないと思う。

 

だけど彼が後悔してるのは事実で、浴室で死の淵をさまようぐらいには病んでいる。

 

自分が好きなのは、最後に“ぼく”が生きる事を選ぶという点。
これだけ病んだ人が、命を“彼女が切り分けてくれた物”と受け止める。
この結論は、1週間、彼の喪失感や死への願望を体験してきた聴き手に、カタルシスをもたらす。(少なくとも、自分はね。)
“ずる“への罰が死だと思い込んでいた主人公が、そうではないと気づく。
それが彼女の言葉だったなんて、なんて完璧な愛なんだろうと思う。

 

これは現実なのか、妄想なのか、ハッキリと判別はできない。
自分は妄想説を推したいが。
生きる力って結局、自分の中にしか無いと思うんです。
ギリギリまでヤバイ所まで行っちゃったけど、(彼が作り出した)彼女との対話で戻る(=生きる)事を決める。
その決断は彼自身にしか出来ない。
そして、決断のキーは、彼女の死を喪失ではなく“命を貰った”と解釈する事だった。
そこに深く感動します。

そして何度でも、彼女からの愛を貰いたくなってしまうんです。


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小噺

 

個人的に“病んでる人が回復する話”がメチャクチャ好きってだけなんですけどね。

学生の時、心理学の授業で紹介された印象的な例。
精神病患者の方への療法のひとつに、「絵画療法」というのがあります。
なんでもいいから絵を描くことで、気持ちが安らぐそうです。
ある患者さんは、医師に「先生。わたしにはどうしても描けません。イメージが湧かないのです。」と白紙の紙を見せました。
医師は、「どれだけ時間がかかってもいいから、なんでもいいから描いてごらんなさい。」と待ち続けました。
やがて患者さんは、暗闇にロウソクが灯っている絵を提出しました。
患者さんは「これしか描けませんでした。私には何も無いのです。」と医師に残念そうに言いました。
医師は「だけど命の火が灯っている」と答えました。

なんやわからんけど、感動しました。
理由は分かんないんです。
「で?」って思う人もいるだろうし。
例もほかに色々あり、そのうちの一つだったのでサラッと流れていったし。
勝手に感動してました。

 

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後書

 

『Ghost Apple』終了です。
7年来の想いを込めて書けました。
読んでくださりありがとうございました。
そしてこんなバカみたいに長い文章を読ませてしまってすみませんでした・・・。

こんだけ書いてアレだけど、結局「本当に好きなんですよ」って一言で十分なんですよね(笑)
ただ、この文章に引っかかってくれた人が、「人をここまで気持ち悪くさせる音楽ってどんなんだろう。聴いてみよっかな。」と思ってくれれば、満足です。
マジで読んで貰う事考えずに好きなように書いてしまったなぁ。
本当に申し訳ないと思ってます。

 

でも後悔は無いなぁ。
これからも後悔の無い文章を書いていきたいですね。
読んで貰う事は意識しないとですね。

 

それでは、またヒマな時にでも覗いてやってください。
ありがとうございました。

 

土曜日/待合室

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雨音の垂れる音のようにぽろぽろ鳴るギター

金属の屋根にしたたるしずくのような冷たい、それでいて優しいシンバルの音

息を吸って、吐く 深い呼吸のように通奏するベース

「朝、蒸気のような雨が吹きつけて 通りは輝きだした

目の褪せたサイコロを振って 思い出の街を行く」

 静かな土曜日の始まりだ。

 

歌詞の解釈は後半に回して、とにかくこの曲は美しい。

描かれる情景、3つの音の重なり。

言葉で言い表せるとは思ってないが、頑張って書いてみようと思う。

Aメロはスモーキーな音がする。

蒸気の向こうからぼやけた音が徐々に姿を現す感じ。

遠くから聴こえてくるメロディは優しく、それでいて切なさを持っていて、だけど感情的ではない、冷静な音。刺すほど冷たい雨のような。

『金曜日/集中治療室』の曲終わりのテンションが徐々に下がっていき、『土曜日/待合室』に繋がっていく部分も見事。

1曲1曲は独立していても、あくまで"繋がり"を感じるトラックの繋げ方に、"あ、やっぱり1週間のできごとなんだ"と思い出す。

 

朝日が灰褐色の町を金色に塗り替えていくように、静かな前奏からメロディーラインへ移り変わっていく。

スモーキーな演奏に乗るクリアな歌声が、不思議な聴き味を残す。

他の曲のテンションに比べるとローテンポ。

『木曜日/寝室』もまったりとしていたが、なんというか、『木曜日』より喪失感を感じる。

歌詞のせいとは言い切れないと思う。

言葉が無くても、なにか悲しい音楽。

 

だけど歌詞の話しますね。----------------

 

「寝て起きると そこにきみがいたらいいな」

"きみ"は居なくなってしまった。

集中治療室から帰って来なかった。

 

「もう、やめようよ って袖を引いてくれてありがとう でも

あと一錠だけ でも

あと一錠だけ」

これはまだ彼の中に残るオピウムによる幻聴なのか、それとも実際あった事なのか。

だけど彼は聞かない。

苦しみから逃れたくてまた、オピウムに手を伸ばしている。

(ここ、むしょうに辛くなります。「あと一錠だけ」と手を伸ばす様が情けない。でも、別に薬やった事ないけど、気持ちは分かる。救われないと分かっているのに求めてしまう気持ち。)

 

「そびえ立つ陽炎 顔の無い人々

きみのパパが建てた高いビル

すべての窓がふたりをのぞき込んで

いっせーのせっ で歌い始めた」

"高いビル"は色々な解釈があったけど、自分は"火葬場の煙突"がしっくり来ました。

パパ(喪主)が建てたビル(煙突)から出る煙の熱で陽炎ができる。

顔の無い人々(葬列者)は、戻れなくなった主人公と"きみ"を糾弾するかのように、窓をのぞき込む。

オピウムが見せる幻覚だろうか。

主人公の恐れを感じる。

(言葉で読むと不気味な光景なんだけど、演奏の美しさと歌声の純粋さに紛れて、これまた不思議な感覚になります。こんなん、画にしたらホラーですからね。だけどそうはならないのが、この曲の凄い所だと思います。"いっせーのせっ"という歌詞の可愛さ(子供っぽさ)も不気味さを緩和してしまっている。)

 

「きみはカメラを逆さに構え自分に向けた

何が見える?

誰かと目が合って離れない」

これは遺影の事だ、という解釈を昔見ました。

自分もそう思います。

"誰かと目が合う"のは、遺影の前に並ぶ葬列者。

(ここも上と同じで、画にするとホラーなのに綺麗に聴こえる不思議部分。)

 

「口を開けて きみの宇宙を見せて ほらね

言葉のない秘密は とてもやかましい」

主人公は、"きみ"の喉の奥に広がる闇を見たのかしら。

それを宇宙と呼ぶ感性はとても素敵だと思う。

"言葉のない秘密"とは、"亡くなっているという事実"かなと思います。

死を主張されて、やかましいと思っている。

主人公は、"きみ"の死を認めたくないのかな。

(祖父の遺体と対面した時、喉の奥が闇みたいだなぁと思ったのを思い出しました。

生きてる人間でも体内が暗いのは当たり前なんですけど。

それでも、遺体の体内に広がる闇は生きてる人のとは違う気がしました。)

 

「世界中に電話 鳴る

ぼくは、きみは、出ない」

"ぼく"の深い悲しみを感じる。

誰かが"ぼく"を呼んだって、返事もろくにしたくないんだろう。

放っておいて欲しいんでしょう。

("世界中"というのはリアルに考えたら大袈裟な気もするけど、比喩としては本当に美しい。放っておいてほしいのを、"世界中の電話が鳴っても出たくない"と言うのはなんとも詩人というか。良い表現だなぁと思います。)

 

「音もなく 雨が降る

ぼくはいない

きみはいない」

電話に出ないということは、誰かに自分の存在を明かさないこと。

世界中の電話に出なければ(呼ぶ声に反応しなければ)、それは自分が存在しない事と同義かもしれない。

だけど、「きみがいない」のは事実。

"ぼく"がいないのは概念の話として、おそらく、"きみ"は事実、この世界にいない。

その対比が、やっぱりどうしようもなく悲しい。

 

曲はふたたび、雨垂れのようなギターとドラムの粒のような音で締めくくられる。

弦を弾く音も水流に聴こえる。

朝より雨は少し強くなっている。 

雨は音もなく降っても、溜まった水滴が地面や屋根に落ちれば、音は鳴る。

それは雨の存在証明だ。

1日中降り続いた雨も、明日には止むかしら。

明日。

日曜日には。

 

 

金曜日/集中治療室

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木曜日とは打って変わり、華やかに始まる金曜日。

全てが解決したかのような、開放的な音とは対照的に、歌詞の世界では良くない事が起こっている。

「Aは花を散らして Bは踊る

CとDはどうやって夢を見る?オピウム?」

オピウムは、英語でアヘンもしくは麻薬のこと。

CとD(主人公と彼女)は一緒に薬物を服用して、夢を見ていた。

 

「Aが服を脱いだら Bは舌を噛む

CとD 白衣着て 患者を待っている」

花を散らすとか、服を脱ぐとか。

水曜日に引き続き、アダルトな雰囲気を感じてしまう。

だけどBはそれを忌んでいるというか、拒絶しているような気がする。

という事は、Aが彼女で、Bが主人公か。

同時に、CとDもこの2人なのだろう。

 

「運び込まれたモナリザはベッドで泡を吹いている」

モナリザは彼女の事だろう。

もう彼の見ている世界はめちゃくちゃだ。

すでに主人公は、現実を捉える事が出来なくなっている。

 

『死にたくなってしまったら そっと告げていいよ

少しだけなら葬ってあげる』

疲れて、少し病んでる時。

この歌詞が沁みる。

ほんとに死にたいわけじゃないんだ。

だから少しだけ葬ってくれるなら、それが丁度いい。

"葬る"という言葉は優しいと思う。

葬ってくれる他人が居ないと成り立たない言葉だから。

孤独にひとり死んでいかないと保証されるから。

主人公も同じように感じただろうか。

でもおそらく、彼女はもう居ない。

死にたくなっても、少しだけ葬ってくれるひとはもう居ない。

 

オピウムを与えたのは彼女だったんだろう。

病気をすでに抱えていた彼女が、苦しみから逃れるために得た夢。

(おそらく)病気ではないが生きる苦しみを抱えていた主人公。

彼女は彼を救いたくて、オピウムを分け与えた。

ふたりは夢を共有した。

 

彼女が病院に運び込まれた事を知った主人公は、耐え難いこの苦しみから逃れるために、まずはそれに手を出した。

ご機嫌な演奏で始まる冒頭は、ハイになったまま病院へやってきた主人公の脳内に思える。

 

楽しい事が起こると予感させるような、期待に満ちた音律。

おもちゃ箱の中を探っているようだ。

「めちゃくちゃにして、やろうよ」

「めちゃくちゃにして、あげるよ」

囁かれるのは音に似合わぬ異質な言葉。

それは熱に浮かされながら見る悪夢みたいに、現実感の伴わない悪意。

囁いているのは、彼女か、主人公か。

彼女がかつてそう言ったのか、彼女にかつて言ったのか。

 

このままめちゃくちゃになってしまうのかと思えば、突然曲調が変わる。

ある種、衝撃的に。

ここまで極彩色の悪夢を見ていた主人公が、モノクロの現実に目覚める。

「報いの雨に濡れて」主人公は、やっぱり後悔しているんだろう。

「ダメになった絵の中の国」で楽しくやってた2人は、所詮絵の中のまぼろしだった。

雨が降っていた。

雨は現実だった。

絵の具を溶かして、ふたりを溶かして、楽しかった思い出を溶かして、消える。

彼女は集中治療室に居る。

彼のオピウムが切れる頃、つまり金曜日の翌朝。

土曜日、彼は待合室に居る。

 

 

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歌詞の方をバーッと書いてしまいましたが、展開がバラエティに富んでいて、聴いていて本当に楽しい曲です。

音楽単体で聴いたら、絶対にこの歌詞を想像できない笑

『木曜日/寝室』からの繋ぎもすんごい良くて、あの終わりからのこの始まり。

めちゃくちゃアガる。

歌詞に合わせたのか、先にメロディがあったのかは分かりませんが、「翌朝~」で急激に曲調が変わる所も本当に凄いと思います。

この音の流れで、こうする!?っていう。

 

あと上に書くと邪魔になっちゃうので別で言いたかったんですが、「めちゃくちゃにして、やろうよ」からの「めちゃくちゃにして、あげるよ」が好きすぎる。

こんな可愛い音なのに言ってる事がヤバすぎる。

「めちゃくちゃにしてやろうよ」ってとんでもない事を言ってるのに、無邪気な歌声に依るのか、一緒に手を染めたくなる。

からの、その相手から「めちゃくちゃにしてあげるよ」と矛先が急にこちらに向く。

このサイコ感がたまらないですね。

”それ”に手を染める事で、めちゃくちゃになるのはこちらなんですよね。

自分の解釈では、"それ"というのは薬物のことで、主人公を蝕んでいくというイメージです。

だけど完全に呑まれる前に、ギリギリで戻って来られたのが金曜日。

彼も彼女の側に行きたかったんだけど、行けなかったんでしょうね。(『月曜日/無菌室』で「ぼくも行きたいよ 次の世界へ そこへ」と願っていた。)

そして、彼女を戻す事が出来なかった(=病気の完治・健康体)事を後悔する(『水曜日/密室』「僕らは楽し過ぎたから戻れなくなった」)のと同時に、彼女と同じ世界に行けなかった事も後悔している。

後悔してばかりの主人公ですね。

彼の苦しみはまだ続きます。

現実は、辛いね。

 

木曜日/寝室

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『寝苦しくて目覚めたら豚がぼくに馬乗り』

なんともマトモではなさそうな始まり方。

『まったく神様のしつけがなってないな』

と、迷惑そうな素振りから、ペットのブタちゃんというわけではないらしい。

 

木曜日は難しい。

それまで、明確に"彼女"との繋がりを描いてきたのに、突然"豚"が出て来る。

シュールレアリスティックというか、突然のファンタジー!というか、とにかく掴み所を探すのに苦労してしまう。

出来事としては、火曜日に消えた彼女を水曜日・木曜日で探していると思うんだけど、この"豚"は一体、何の比喩なんだろう?

 

演奏も、それまでキメッキメのフレーズがバチバチ登場してきた反動か、一定のテンポでまったりと進む。

音自体を聴けば、癒し系というか、ゆったりした音楽が心地良い。

しかし、心地よい霧に包まれた音楽の向こうから、ぼんやりと不穏な歌詞が聴こえてくる。

『これ誰かの夢だ!』

 

この掴み所の無い感じ、まさに『夢』のような突拍子も無い場面。

薬物でラリっちゃったんじゃないかなぁ、と思う。(『金曜日/集中治療室』に薬物が出て来るんですけど、詳細はその時に。)

 

『寝室』には(かつて2人だったかもしれないが)今、主人公が1人きりだ。

これも他の曜日と違う所で、木曜日だけ"彼女"も"きみ"も登場しない。

ラリっちゃった頭で豚の夢を見ている。

豚に食われる夢を見ている。

『水曜日』で、「主人公は後悔している」と書いたが、その後悔のために、豚に食われる夢(=罪を受けるべき、という主人公の深層心理)を見ているのではないかなぁ。

主人公の脳内の話なので、1人しか登場しないと考えられる。

 

『夜のテント飛び出すとまっぷたつのミラーボール

中身 ぼくは知っていた』

彼女が消えて、探したり思い出に浸ったり、闇のように終わりの無い悩みから解放されたくて、薬物に手を出してしまったのではないか。

夜のテントから飛び出した(=薬物で覚醒した)ら、まっぷたつのミラーボール(=壊れそうな自分の脳内)から中身(=後悔)が溢れ出したんじゃないかな。

 

それほど主人公は絶望したんだ。

『これ誰かの夢だ!』と叫ぶけど、それは紛れもなく主人公の夢だ。

後悔する主人公をあざ笑うように、軽快で、そして重い、ドラムが鳴り響く。

豚の笑い声のように。

 

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最後の盛り上がって終わるフレーズはドラムの印象が強いが、よく聞くとギターがドラムにぴったり合って鳴っているのが分かって、すごい。(ベースも鳴っているんだろうか?)

CDだからぴったり合って当然、ではなく、彼らはライブでもCDと違わぬ演奏をする。

『木曜日/寝室』は滅多に演奏されないイメージだけど、きっとライブでやったらぴったりと合ってるだろう。観たいな。

 

水曜日/密室

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火曜日は出来事で、水曜は回想。

楽しかった頃の記憶。

 

彼女との日々は目まぐるしく、遊園地みたいに楽しかったんだろう。

前半の、怒涛の音、リズム、エモーショナルな演奏。

不穏さや不安を含んでいるのに、自然と体が動いてしまうリズミカルなフレーズが次から次へと飛んでいく。

「僕らは楽しすぎたから 動けなくなった

僕らは楽しすぎたから 戻れなくなった」

で、一旦テンポダウンするが、まさにメリーゴーラウンドのようなスロウな速度。

周りの景色がぼやけて回転している時のようなロマンティックな、味わい深い音が鳴る。

 

そして再び、メリーゴーラウンドは速度を上げて夜の遊園地を走り抜けていく。

 

「流れ出した 赤いミルク 白い血」

これまた意味深な歌詞だ。

初めて聴いた時は"ひねくれた歌詞だなあ"としか感じなかったが、多少大人になってからはちょっと、あの、アダルトな雰囲気を感じるようになりました。

自分が汚れてしまっただけかもしれません。やだやだ。

 

また、他の方の感想をお借りしてしまうが、昔読んだもので"ここで「いつか結婚しようね」という歌詞が出てくるのはすごい"という一文があった。

何がどう凄いのか、当時からずっと分かってないのだが、やけにこの感想が好きで、いつか分かる時のために覚えておこうと思った。

もの凄いスピードでアゲてきた曲が、ここでまたテンポダウンしてびっくりした所に聴こえてくる「いつか結婚しようね」が凄く好き。テンポに驚き、歌詞に驚き。"ええっ!?ここでプロポーズ!?"っていう、全然普通じゃない事をやってきた最高潮に普通の事を言う感じがたまらないです。(伝わるのか、これ?)

 

「僕らは楽しすぎたから 動けなくなった

僕らは楽しすぎたから 戻れなくなった」

何度も繰り返されるこの文は、主人公の後悔に思える。

主人公は、彼女の病気の事を知っていたんじゃないだろうか。

知りながら、戻れない所(=彼女の寿命を縮めた)まで来てしまったんじゃないだろうか。

どうして寿命、が出てくるのか。考察は金曜日に。

 

水曜日は回想というのが自分の考察なのだが、各曜日、連続した1週間では無いと考えている。

月曜日→いつかの月曜日、『水曜日』よりは後

火曜日→現在進行形

水曜日→いつかの水曜日

木曜日→現在進行形

金曜日→〃

土曜日→〃

日曜日→〃

 

コンセプトアルバムで1週間の名前が付いているからといって、同じ週とは限らない。

・・・ちょっといじわるな、言葉のパラドックスのようだが、捻くれた音楽が好きな自分には丁度いいです。

 

さて、主人公と彼女は幸せな生活を送っていたようですが、どうして消えてしまったのか。そして水曜日に繋がる考察がなぜ金曜日なのか。木曜日には何が起こるのか。

他人様の音楽で勝手に遊ばせて貰っているうえ、正解は無く、ここでは捻くれ者で絵を描くのが好きなだけのいち個人の考察しかお届け出来ないのですが。

また来週、『木曜日/寝室』でお会い出来ればと思います。

 

 

火曜日/空室

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出来事としてのスタートは『火曜日』ではないでしょうか。

『彼女は消えた』事から始まる、1週間の出来事。

 

何かを示すような単語が散りばめられており、考察心をくすぐりますね!

 

『空室』は彼女が消えて居なくなった部屋の事だろう。

消えたのは『8月』、『食べかけのケーキ』を残して。

 

『121グラム』

何の重さなのか?21グラムは人の魂の重さだ、という研究結果があるそうだけど、そうすると残り100グラムは何の重さなのか。語呂を良くするために付け足しただけ?

 

『はねかえるよ光』と歌われる『火曜日』も、月曜日と同じく室内に光が満ちているイメージから始まる。

弾むような言葉と音が合わさって、どことなく楽しげだ。

『プロペラ 8月 食べかけのケーキ』から、ノイズのような不穏なフレーズが入り込み、ただの穏やかな火曜日、ではない、事を示唆する。

 

そして『彼女は消え』、主人公は火曜日から、彼女を探し始めたのだと思う。

轟音じみた後奏は主人公の焦りを表しているようだ。

だけど彼女がどうやって消えた、のかは考察の余地がある。

これ以降の曜日で語られる出来事を考えると、彼女は"主人公に告げず自発的に居なくなった"と思う。

主人公はそれを知らないから焦っているんじゃないかな。

水曜日へ続く。

 

綺麗な音楽と優しい歌声で終わると見せかけて、爆発する最後のセッション。

このラストのためにそれまでの演奏があったんじゃないかと勘違いするぐらい活き活きしていて、ニヤけながらブチ上がってしまう所存です。

 

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余談

 

100グラムの臓器を昔調べた事あるんですけど、腎臓1つの重さだそうです。

腎臓て。

…いや、腎臓は何も悪くない。悪くないし大事なのだが…もっと…心臓とか脳とかに比べるとカッコよくない気がするので…ボツです!

 

月曜日/無菌室

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始まりましたGhost Apple

1番好きなアルバムです。

「コンセプトアルバム」というものを初めて知った作品でもあります。

格好良すぎてもんどり打ちました。

テーマ(コンセプト)としては、病を患った"きみ"と"ぼく"の1週間の出来事、という感じでしょうか。

いや、分かりやすく考えているだけだな。

おそらくそんなの"ガワ"だけで、中身にどんな解釈が入っているのか、触れてみて味わってみないと分からないでしょう。

中身が空洞の可能性もある。

この林檎は幽霊なのだから。

 

無菌室と名付けられた月曜日。

このタイトルがブラフとなって、"病気の人の話なんだな"と錯覚させる。

もちろん、その通りかもしれないけれど、これまでの曲を聴いてきた身としては「Peopleがそんな分かりやすいストーリーを出してくるか?」という疑いもある。

 

始まりのティロ↷リロ⤴リロ⤴リロ↷リーンリーン、ティロ↷リロ⤴リロ⤴リロ↷リーンリーン、という可愛らしく煌めくようなギターが、朝日の輝きに感じる。

太陽の中で愛されることを良しとしない"きみ"が登場する。

そういえば15年前、太陽の光に当たれない病気を持つ女の子が主人公のドラマがあったな。

 

儚い印象の歌詞に反して熱の有り余るドラムが引き金となり、3つの楽器がサビに一気に雪崩れ込む。

そのエネルギーに溢れた演奏が、薄弱な"きみ"に対する"ぼく"のどうしようもない生命力を感じさせる。

 

『ようこそ

ここは舞台で女優が消えた場面さ』

女優の喪失を悼むような、とても静かな数秒間。

最後のサビは、慟哭のように思える。

彼女は消えてしまった。

 

『きみの好きな唄をうたう 唄をうたっている

ずぶずぶずぶ蝕んで 蝕んでいく』

蝕まれているのは"きみ"なのか、それとも"ぼく"なのか。

病気に蝕まれている"きみ"とも解釈できるし、"きみ"を失う"ぼく"が、喪失や悲嘆や苦しみに蝕まれていくとも解釈できる。

"きみ"が元に戻らないと分かっていても、うたう事で元通りになるんじゃないかと、半ば狂気のような悲しみに蝕まれている、そんな画が浮かびます。

ありふれた映画みたいで、格好つけすぎな、かわいそうな場面。

 

出来事としてのスタートは『火曜日/空室』だと思っているんですが、詳しくは火曜日の時に。

『月曜日/無菌室』は、"事件が起こった場面"として、プロローグ的な立ち位置に思えます。

映画の冒頭で、事件の最中から始まって、過去に何があったのかを追想するような構成がありますが、そういうイメージ。今ぱっと思いつくのが『デッドプール』しか無いんですがGhost Appleと死ぬほど世界観合わないな。

 

有名な話ですが1曲目の『月曜日/無菌室』はノイズで始まり、最後の『日曜日/浴室』は、同じノイズで終わるため、1週間ループ説もあるんですよね。

ループ説については、全て終わった日曜日の時に考えてみたいと思います。

 

Ghost Appleは解釈や考察サイトが多かったので、初聴き当初、漁るように読んでいました。「なんじゃこりゃー!油田だー!」っつって。

今回、昔読んだサイトを改めて巡ってみましたが、やっぱり面白かったです。

 

歌詞だけ読むと男女間の恋愛の話のように視えるのですが、青年よりも少年に近いような、純粋な歌声や、"切なさ"より"エネルギー"の方が強く届く演奏が違和感となって、それだけではない気にさせます。

それが映画や漫画と違う、"考察が必要な音楽"の面白さなのかもしれません。

もちろん、歌詞を見なくても、音楽が素晴らしいので、ただただ聴くだけでも楽しいのですが…

音楽の方についても書こうとすると日付を跨いで月曜日が終わってしまいそうなので、やめておきます。

それはまた別の月曜日に。

 

https://youtu.be/eSYEkvZ_074